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技術系サラリーマンの生活実験

【書評】マイナス・ゼロ 著:広瀬 正

1970年に刊行された本書。国産のSFとして大変評価が高いと知ってはいたのですが、読んでみて納得。休む間も無く一気に読んでしまいました。もっと早く出会っていたらと思わせる傑作でした。

 

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

 

 

主人公の浜田俊夫は、中学2年生だった昭和20年に、空襲に巻き込まれた隣家の伊沢先生に、「18年後にまたここへ来て欲しい」と遺言を受け取ります。18年後の昭和38年に旧伊沢邸を訪ねた主人公は、タイムマシンで空襲を逃れて来た伊沢先生の娘と再会します。

 

主人公は伊沢先生の遺したノートから、先生を助けるために昭和9年にタイムトラベルするはずが、手違いで昭和7年に飛んでしまい、さらに手違いでタイムマシンを失う事態に。

 

舞台は昭和38年から昭和7年へのタイムトラベルで、タイムトラベル物で発生する矛盾(パラドックス)に突っ込みを入れながらも、それを良しとして話を構築しているので、細かいことを気にせず楽しく読めました。特に注目したいのが時代考証で、昭和7年当時の風景が想像できる細かい描写です。著作中は1960年代で、インターネットがある今よりも資料を集めるのは大変なはず。相当な情熱で取材されたと思われます。特に電子工学を専門とする私には、オーディオの描写の細かさに驚かされました。

 

本当に面白いんですよ。ただ、何が面白いのかよく考えてみると、これはリアリティを感じる、という考えに行きつきました。作中で描かれる昭和7年の風景は、色付きで想像できるような細かい描写。読んでいてもっと上手い方法があるはずなのに、と読者に歯がゆい思いをさせる展開。主人公は用意周到にタイムトラベルをしたわけではないので、行動にアラがでてしまうのです。そこにリアリティを感じてしまうからこそ、物語をはっきり感じ取ることができ、面白みを感じるのです。

 

不用意に過去にタイムトラベルをしてしまったら、誰でも未来人として上手く振る舞えるとは思えません。そして、時を超えて「あの時こうしていれば」という思いはいつまでも残るんですね。

 

主人公の浜田俊夫は飛ばされた過去からどうやって現代(昭和38年)に戻ってくるのか、空襲を避けて過去から送られて来た伊沢先生の娘はどうやって生きていくのか。

 

タイムトラベル物を読むと、人間の「生きている」という感覚は記憶の連続性で出来ていている事を感じます。日々の記憶を大事に生きたいです。